妻の出産を通してわかった、出産する大変さ!妻よありがとう!

12月17日土曜日に最愛の愛娘がこの世に誕生しました。破水してから出産までに2日半かけた命懸けの妻の姿を見て、健康で産まれてくる奇跡を感じずには入られませんでした。頑張ってくれた妻に感謝しかありません。

出産祝い

出産祝い

まず高位破水という子宮の上の部分が破れ、羊水が少しでてきたようです。それを聞いて病院に向かいました。向かう途中に妻から「長丁場になるから、漫画でももっておいで」と言われていたので、言われた通りに呑気に漫画をもって病院に向かいました。

木曜日

病院に着いたのが、15日木曜日夜9時過ぎぐらいで、遅くとも金曜日には産まれるだろうと思っていて、着いた時の妻も陣痛がきて、普通に痛いよと言っているくらいでした。陣痛というのは周期的にくるもので、赤ちゃんが出てくる寸前というのはその周期が1分前後になるそうで、その時は10分おき程度でした。陣痛というのは、子宮が伸縮する痛みと、骨盤が拡がっていく痛みがあるようで、その都度どこが痛むのかが違うそうです。夫の僕は痛くなる度に妻の痛い場所、主に腰やお尻の部分をさすることと、お尻の穴を上から支えるように押すことを繰り返しやっていました。
この時点では、まだ大丈夫だろうという雰囲気で、妻の両親は木曜日中に家に帰宅し、僕だけが病院で妻と一緒にいて、体をマッサージしていました。途中ウトウトしながらやっていたり、寝ていましたが、妻はあまり眠れなかったそうです。

あんよ

あんよ

 金曜日

金曜日の朝が来て、子宮口がまだ4cm前後しか開いていないので、子宮口を開く促進剤を飲み始めました。一旦自分の4人部屋に戻ってこの薬を飲んでもあまり変わらず、あっという間に夜になってしまいました。このあたりで妻も含めて僕も徐々に体力的にきつくなってきました。もう動けないかもしれないと言うので、出産の部屋がすぐ近くにある陣痛室に移動して、金曜日の夜は妻の母も側にいて二人体制で陣痛が来る度にマッサージし続けます。僕と妻の母は交代交代で床に簡易のゴムクッションをひいて仮眠するものの、妻は一睡も出来ず、夜が明けてしまいました。

土曜日朝

土曜日に入り、錠剤の効果もほぼありません。そろそろ準備していこうという事で陣痛室から出産部屋にうつり、錠剤は点滴になり、最初1時間に30mlずつ注入していき、定期的に6mlずつ徐々に増やしていくということで、いよいよ本格的になってきました。
この時点で妻の表情には体力的にも精神的にも余裕がなくなってきているものの、助産師たちはまだまだ子宮口も5cm前後しか開いていないので、ずっと側におらず、ナースコールをしたり、点滴の量を増やす時にだけ診察するという状況でした。それでも状況は変わらず、僕も2日も病院にいるので、時間感覚が鈍くなっていき、睡眠もしっかり取っていないので、疲労感がだいぶでてきました。妻の母の顔にも疲労感がだいぶ出ています。気がつけば、点滴の量も軽く3倍の時間90ml以上になり、ようやく子宮口も開いてきたので、行きましょうという雰囲気になってきました。
経験数年であろう20代の助産師さんに加え、見るからに百戦錬磨であろう助産師たちも登場してきました。この土曜日の夕方ぐらいの時点で女医さんも登場し、最終的に5名体制となり、いよいよ準備が出来た感が漂ってきます。女医さんたちが登場するなり、こちらの2日半の疲労感やいつい生まれるかわからない絶望感をよそに、事務的に診察し、軽く事務連絡の会話をして、なんと微笑しています。こちらの一生の一大事って時に、 女医と助産師軍団はあまりにも普段通りっと言った感じで、拍子抜けしてしまう程です。

土曜日本番

ここから、点滴の量は最大120mlまで増え、妻の頭側から女医さん達はハサミで妻の局部を切断している事が伺えます。女医1名、助産師4名となりました。助産師2名は足に力が入るように片足1人づつ左右に拡げて、女医は産道を拡げる為に手を強引に突っ込みますが。女医がグリグリやる度に妻は見た事のない表情になり、叫び声が聞こえます。女医の横にいる助産師がトイレポンプの小さいやつを子宮に向けて突っ込んで吸引していきます。そして極め付けは肥えた百戦錬磨のおばちゃん助産師が分娩台の横に高い椅子を置いて、妻のお腹を全力で下に向かって押しています。マジで破裂しそうな勢いで目を反らしてしまいます。そして最後に僕が体を丸めるように頭を持ち上げました。これを陣痛が来る度に行います。1〜2分に1回のペースで、30分から1時間が続きました。
あまりにも力いっぱいやるものだから、痛そうで見てられません。目を閉じながら、必死にサポートしましたが、やっていること自体はまるで拷問のようでした。聞いたことがない妻の声と赤ちゃんがもう直ぐ出てくるという期待の中で、自分は何も出来ない…涙が自然とこぼれました。東日本大震災の時に感じた「時が止まった」ような体験を何度もしました。
それでも頭が産道を通らず、最終的に帝王切開になりました。「出産のフルコースだね」と後から助産師に言われる程の難産でした。その瞬間に促進剤から陣痛を抑える薬に変更しました。それも物凄い量である200ml/時間です。例えるなら「チゲ鍋を食べた後すぐにかき氷を食べる」そんな感じで、妻の体が心配でなりませんでした。
手術が終わって戻ってきた時は、本当に生きてるのかと思った程でした。

出産って命懸けで本当壮絶

無事に産まれてくれたから、結果ホッとしていますが、妻は帝王切開後も大変そうです。

貴重な経験をしたと感じたので、ブログにしてみました。初出産に向けている人たちに参考になれば、幸いです。

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